またもすがなんかいってる #2 「小箱の中身②」
Dr.Mosuが役に立たないことを不定期にこっそりつぶやいています。
私の手元のに、赤い小箱がある。
正確に言うと赤いふたつきの缶に、紺色の絹を敷いたものだ。
以前は、フランスのサブレが入っていた。
その中に、着用向きではない、時々眺めるだけのジュエリーがしまってある。
わずかに歪んだ、ゴールドに七宝をかけた指輪。
おそらく海外の土産物だった、細い台に不釣り合いに大きい石がついた指輪。
重すぎるガラスのイヤリング。
大きすぎる琥珀のピアス。ベルギーのお土産だったかもしれない。
その中でも特に好きなのが、日本がずっとびんぼうだった頃の、細くてぺらぺらな、夜店のおもちゃのように軽い指輪たちだ。
脇石の位置に、ミル打ちをつぶつぶに光らせている指輪。
裏に銀箔を貼った模造オパール。
K18の刻印があるけど、珊瑚玉が飛び出て見えるほど細い指輪。
そんな中でも、ひときわツヤのない、何か白っぽい石が付いているのが、私の宝物だ。
手にとってすぐ、軽さに気づく。
それもそのはず、わずかに残る刻印は「Silver」とある。
台はみたことがないくらい稚拙な作りだし、石は多分、雑に削った水晶だと思う。
これは、事業家だった祖母の父が、ダイヤモンドだと騙されて買ったものらしい。
しかし流石にこれをプラチナ台のダイヤの指輪だと思って買いはしないだろう。模造ダイヤという言葉だってちゃんとあった頃だ。
多分、現地の通貨を身につけて運べる物に変えたくて、手当たり次第に買った中のひとつだと思う。
いつだったか、これが祖母宅の箪笥から出てきた時、軽い気持ちで祖母のところに持って行った。
懐かしい話でも聞けるかと思ったのだ。
祖母から返ってきた反応は意外に烈しいものだった。
「おばあちゃん、これ○次さんが買った指輪なんだってね。」
「そんなのまだあったのか。捨てておいて。」
不思議に思ったけど、捨てるくらいならと思い、貰っておいた。
だいぶ経ってから、祖母の長男である叔父に聞く機会があった。
叔父からもまた、興味深い反応が返ってきた。
「おじさん、この指輪知っている。」
「なんだ。知ってるよ。◯◯堂の奴らめ。」
親戚筋に◯◯堂と云う、地方の銘菓で随分あてた家がある。
引き揚げからいくらも経たない頃の祖母が、これをかたにお金を借りようと、持って行ったことがあるのだそうな。
祖母は目的を果たせず空手で戻り、そのことを多分人に言わなかった。
何十年も経ったある日、叔父は祖母の名代で◯◯堂の法事に出席した。
その席で、◯◯堂の大女将に
「模造品を後生大事に持ってきた」
と昔話がてら、笑われたそうだ。
「そんな大昔の話を持ち出して、まだ嘲笑うかよ」
さらにそこからも何十年経つに、今日あったことのように母親の無念を思ったのか、憤怒の涙を滲ませながら叔父は話してくれた。
日頃わりと頓珍漢な人だけど、今日の叔父は随分いいな、と思いながら私は聞いた。
そう言うわけで、誰も楽しい思い出のなかったらしい指輪だけど、ひとつの歴史の断片がちくちく痛いまま薄められて、登場人物がみんな割と幸福に落ち着いたことを知っていて、私が手にしている小箱におもちゃの顔をしておさまっている。
頓珍漢で熱血漢で祖母にとても愛された息子だった叔父は、実は祖母より数年早く死んでしまった。
けれど、その頃もう悠久の時の流れに入っていた祖母には言わなかった。
今頃、向こうで再会して笑っていると思う。
叔父はまた思い出し怒りをしているだろう。
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